1 ![]() すべての編集部がそうかはわかりませんが、私が関わってきたところに限っては編集部というのはわりと個人プレイ重視の職場です。もちろん、会議の類いは大なり小なりありますし、複数の人間がかかわって製作をしていますが、実務レベルになるとチームよりも個に依るところが大きいです。そのため、職場環境によって業務が滞ったり、能率が落ちたりする範囲は、一般企業よりも小さいのではと思ってます。まあ、ハード面に関しては職種によっていろいろと違うでしょう。問題にしたいのは、ソフト面。気持ちの部分です。 転職時代になって、以前と比べて会社への依存度はかなり低くなっていると思います。"どうせ長くは勤めない"という気持ちが働いていたら、職場をよくしようというモチベーションは必然的に下がります。また、社員旅行のようなものが、どのくらい残っているのかわかりませんが、そういった社内イベントの類いへの反発も強いように思います。些細なことかもしれませんが、こういう会社との具体的な接点というのは、思いのほか大切なのではないでしょうか。 愛社精神というと時代錯誤な響きがありますが、私はこれをいかに持つか。そして持たせるか。理想の職場環境作りはこの1点にかかっているような気がします。自分の所属先を愛せなくて、果たしてどれだけの仕事ができるのでしょうか。同じ職場で働く人間とのコミュニケーションを育まずして、いい仕事なんてできるのでしょうか。 もちろん人間ですから、良い悪いや好き嫌いはついてまわります。すべてが自分好みになんてなるはずがありません。職場に限らず、そんなものは地球上のどこにもないでしょう。ならば、会社という自分が選んだフィールドを前向きに捉え、自分でその場所を向上させようという意識を持つことが第一歩なのでは。職場環境のハード面は会社が用意するものかもしれません。しかし、ソフト面は、一人一人の自覚に委ねられています。もちろん、トップが引っ張っていくものなのでしょうが、集団である以上、すべての人の意識レベルがなによりも問題になるはず。 組織は生き物です。時代や構成員、規模などと共に、求められるものは千変万化していきます。その中でいい環境を維持するために必要なものは、組織の一員である自覚と、周囲への気配り、そして仕事と職場への責任感なのではないでしょうか。『不機嫌な職場』を組織の全員が読めば、その組織はきっと良い方向へ進むはずです。そこには具体的な方法は明示されていないけれど、個人の意識を変えるきっかけになるヒントが隠されているから。ハードよりソフト。職場を作るのは自分自身なんです。 ▲
by april_foop
| 2008-05-01 00:00
| 生業
![]() ひと昔前の美術館、博物館といえば、ストイックに置かれた作品をじっと見つめるようなイメージを持っていましたが、確実にそれは変わりました。作品単体で完結していたものが、作品を含めた展示方法にも工夫が見られるようになり、さらには展示を行うハコ、つまり館の空間そのものにも編集作業が加わっています。建築家がかつてないほど注目され、日本にもわざわざ訪れたくなるようなアート系の建築物が次々と誕生。現代アートがなんでもありの性質のものだから、とも考えられますが、木下さんが1300年前の菩薩像を光り輝かせているのを見ると、やはりこれはアートの編集がなされているといっていいでしょう。 この編集の本質にあるのは、necessity=必然性。菩薩の背中が美しいから、それをいかに美しく魅せるか。なぜこの照明でなくてはならないのか。それは、表情をいちばんやさしく映し出せるから。仕掛けのすべてに明確な理由、つまり必然性がありました。今、モノ作りに求められているのはまさにこれです。例えば飲食店。なんとなくシャレたインテリアで、とてもキレイで落ち着いている。なのに、なぜか微妙にしっくりこないとしたら。なぜこのテーブル? なぜこの色調? なぜこのカトラリー? そこに必然性があるかどうか、そこに尽きるのだと思います。 今、多くの雑誌は苦境に立たされてますがその理由はまさにこの必然性の欠如。ジャンル、カテゴリーを闇雲に細分化し、そこに属するものを十把一絡げに取り扱った結果、そのコンテンツから必然性が失われました。と同時に、読者がその雑誌を買う必然性も損なわれてしまったんだと思います。なんとなく体のいい寄せ集めや、"そこそこ"のようなものが通用する時代はとうの昔に終わったのです(コンセプチュアルな"そこそこ"というのもありえるとは思いますが)。 アートにしても雑誌にしても菩薩像にしても、モノ作りに正解はありません。ない以上、必然性と密接に関係するのはコンセプトワーク。明確なコンセプトを拠り所としたブレのない必然性こそが、モノ作りの出来を左右し、それがうまくいったときに初めて、消費者の心を動かせるのではないでしょうか。広くビジネスにおいても、そして生き方においても、自分がそこに関わる意味、必然性を求めていきたいものです。 次号は5/1リリース。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2008-04-01 00:00
| 生業
3回にわけてお送りしてきましたが、これにて一段落。「編集」を通して見えてくるものとは。
バブル以降、世の中は効率や機能だけではない、情緒や精神的な豊かさを求めるようになりました(バブル崩壊が直接の契機とはいえないかもしれませんが)。「スローライフ」「ロハス」「エコロジー」などの言葉が巷にはあふれているのはこの流れと無関係ではないと思います。 IT革命以降、私たちが手にする情報は爆発的に増えました。メディアが発信する情報の質や企業広告の役割は大きく変容することになり、消費者は入ってくる情報の真価を自ら検証することができるようになりました。いえ、自ら取捨選択しなくてはならないほどに情報があふれているといえるでしょう。 以前なら簡単に持てたはずの生活の指針が、今はすぐには決められません。決めることは容易だとしても、その選択の価値がすぐに測れてしまいます。例えばプラズマテレビを近所の量販店で10万円で購入したとします。しかしよくよく調べてみると、底値はオンラインショップの6万円だった。というようなことです。これは生活にひどく大きな影響を与え得るものではないでしょうか。別にそんなのどうでもいいよ、といってしまえばそれまでですが、例えは金銭的なものに限りません。選べる職業もとんでもなく広くなりました。 自分の人生を有意義(幸福とか上質とかに置き換えてもいいです)なものにしたいと思うことは当然です。もちろん抽象概念なので、各人の価値観の中でいろんな捉え方があるとは思いますが、有意義な人生を獲得するために必要なものが、「編集」なのではないでしょうか。例えば仕事であれば、夢や適性などを踏まえ、自分に最も付加価値が出せる道を選ぶこと、すなわちキャリアデザイン。例えばまだ見たことのない国や、食べたことのない料理や、聞いたことのない音楽に触れてみること、ビールをより美味しく飲む方法を考えること、すなわち知的探究心。それらは能動的に情報を集め、検証し、自分の思うように編集することではじめて最大価値を得ることができます。受動的情報の中だけで生きるのは、なんだかすごくもったいない気がするんです(急に感覚的になってすみません)。 もったいないというと、なんだか生き急いでいるような印象かもしれませんが、それぞれのスタンスの中で、自分らしい「編集」をしていけばいいんだと思います。アナログが好きな人は、デジタルを検証してから「やっぱりアナログが好きだ」といってみてください。日本が好きな人は、ぜひ世界各国を見てきてから「我が家が一番」といってみてください。氾濫する情報の海で溺れるのではなく、情報を遮断して引きこもるのでもなく、自分のライフタイムをより輝かせるために、自分のペースで「編集」することを意識してみませんか。 ちょっとの好奇心。ちょっとの向上心。当たり前に思っていることをちょっと見直してみてください。その先には今よりももう少し自分らしい人生が待っているのではないのでしょうか。私はそう思います。 次号は4/1(!)リリース。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2008-03-01 00:00
| 生業
![]() 「編集」が出版のものだけではないというの前回触れた通り。すべてのビジネスパーソンは、業務の上でなにかしら編集をしております。世間のパラダイムが大きくシフトし、そしてそのサイクルがどんどん速くなっている昨今。常に変化し続けるビジネスの状況の中では、これまでと同じ発想や論法ではダメだと感じることが多いです。多分それはどんな業種でもいえるはず。そんな状況下において求められるのは、既成概念に捉われない、企画力であり、発想力であり、実行力であり、リーダー力。すなわち編集力。と雑誌『Think!』(写真)でも謳っております。 編集とは文字通り、"集めて編む"こと。出版でいうところの編集が誌面製作のためのものであるように、それ以外の業種にもそれぞれのゴールに向けた"集めて編む"があるはず。必要な(時には必要と思えないような)要素を集めること。それらを組み合わせること。そして新たな価値を創造すること。そのためにはどういった方法が考えられるか、効率だけを求めるのではない発想ができるか(と同時に効率的なシステムを作れるか)、ユーザーの気持ちを汲み取れる仮説を立てられるか、飽くなき試行(思考)錯誤ができるか。お金をかけずとも、ないものねだりをしなくとも、今あるもののアングルを変えるだけで、環境は随分変わるものです。すべてが完璧に機能し続けることなんてまずありえないのだから。 ビジネスは生き物。今、うまくいっているものも明日にはどうなっているかわかりません。小島よしおが一発屋といわれるのと同じことで、世界は絶えず変化し続けています。だから、それに合わせ、いや、それに先んじた編集作業が求められているのです。 そのために必要なのは、現状を正しく把握し、新しいものを好んで受け入れ、異なるものを遠ざけず、さまざまな視点からものごとを観ること。その上で仮説の設計と検証を貪欲かつ継続的に行い続ける。突き詰めると、「今ある枠組みを疑い、壊し、よりよい形で再構築し続ける」。すなわち、編集する。ビジネスの編集力とはそういうことなのではないかと思うのです。口でいうのは簡単ですが、実践していくのはなかなかに大変。しかし、これができてこそ、"仕事ができる"なのでは。 なんだか当たり前すぎることを言っているような気もしますが、このファンダメンタルこそがやはりすべての礎であるように思います。安易なカテゴライズや、情報過多、あるいは目先だけの効率化や日々がルーティン化していくことなどによって、思考停止状態に陥ってはなりません。それらから脱却するのもまた編集力。数えきれない要因が複雑に絡み合っているからこそ、やっぱり可能性は無限なんです。自分がどう仕事をしていくべきか。個の力が求められる今の時代、すべての社会人が自らの仕事を自身で編集していかなくてはいけないと思います。 次号は3/1リリース。「編集」を人生まで広げて考えたいと思います。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2008-02-01 00:00
| 生業
![]() "「編集」の仕事って何をするの?" すごくよく聞かれる質問です。ものすごく簡単にいえば、企画テーマに基づいて材料を集め、取捨選択をし、体裁を整え、各媒体(雑誌、書籍、広告、映像など)に落とし込むこと、でしょう。テーマやメディアによって必要な素材は変わり、写真や文章などのコンテンツ、そしてそれらの視覚的なアートデザインによって、その仕上がりは無限になります。それら一連の流れのトータルディレクションをするのが編集の仕事。必要なコンテンツを作成し、自分で原稿も書きますし、人に執筆を依頼もします。どんな写真がほしいのかフォトグラファーに注文をつけます。衣装や小物が必要であればスタイリストに発注しますし、モデルや取材対象の選択をするのも編集の仕事です(それにまつわる交渉やら段取りやらも)。 こう書くと、専門性が強いように感じるかもしれませんが、決してそんなことはありません。「雑誌編集」こそ、出版関係が携わるものですが、「編集」そのものは誰しもが日常的に行っていることです。例えば、旅行プランを立てることも編集ですし、企画プレゼン資料を作ることももちろん編集。今や動画編集は素人でも多くの人がやっていますし、blogに至ってはどれだけの人が編集していることか。インターネットによって国民総評論家時代、などといわれたこともありましたが、言い換えれば国民総編集者時代なのです。 さて、「編集」自体は誰もが行っているものですが、その中にも良し悪しというのは出てきます。その評価が分かれるのはどこか。ずばり「付加価値の有無」です。付加価値をもたらすことこそ、「編集」の究極の目的であり、これを成し得てはじめて「編集」と呼べるのです。そしてそれができる人間が「編集者」。大きな付加価値をもたらすことができればそれは商品として成立し、時に社会現象にまで発展します。付加価値がないものは、ただの寄せ集めでしかありません。 わかりやすく、blogで考えてみましょう。例えばあるニュースがありました。そのニュースをコピペして掲載しました。面白くもなんともありません。ではそこに著者の意見を加えてみましょう。いくらかの付加価値が出るはずです。しかし、それが単なる一般論では、やはり大した価値はありません。ではさらに、関連書籍の情報や関連サイトのリンクを張ったらどうでしょうか。ぐっと利用価値がでてきたように思います。さらに、独自性や斬新さを追求すればするほど、より付加価値はもたらされます。この行為こそが、真の「編集」なのです。結果、個人blogから商品となったものがいくつもあることは言うまでもありませんね。 編集者になる資格は誰にでもありますが、よい編集者になるためにはこの「付加価値」をもたらす能力を磨かなくてはなりません。私は雑誌編集を生業にする人間として、この付加価値をいかにもたらして記事を作成するか、それを日々考え続けています。新しい才能や現象との出会い、今までにない組み合わせから生まれる価値観、同じ物でも視点やアングルを変えることでもたらされる発見。可能性は無限であり、正解はどこにもない、そんな世界で試行錯誤を繰り返す毎日。常に産みの苦しみを伴い、それゆえの快感もある、というところでしょうか。それが「編集」の仕事です。 あれ、ここまでで1min.以上かかりますね、読むの。ちょっとまだまだ長くなりそうなので、3回に分けることにします。中途半端ですみません。次回は、出版以外の「編集」について述べたいと思います。 さて、今回使用した画像は『東京の編集』(ピエ・ブックス)という書籍。50歳以上のそうそうたる編集者11人の編集人生と、「編集とは何か?」を、彼らが携わってきた作品とともに振り返る本です。前回お話しした幻冬舎の見城さんも登場します。編集に興味のある人間にしか楽しめないかもしれませんが、私には多くの刺激がありました。ただし、いかんせん彼らとは20年以上の年齢差があるので、鵜呑みにはできないでしょうが。いえるのは、やっぱり「編集」は奥が深くておもしろい、ということです。 次号は2/1リリース。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2008-01-01 00:00
| 生業
![]() 見城徹(編集者)- 情熱大陸 ビジネスというとどうもドライなにおいがついて回るものですが、それを動かしているのは人間です。どんなにテクノロジーが進んでも、数字がものをいう世界だとしても、そこに人間が関与している限り、そのほとんどはアナログであると私は考えいています。人と人が向き合う以上、それを司っているのは心です。至って単純な論理ですが、嫌いな人よりも好きな人と仕事をしたいですし、やる気のない人よりもやる気のある人と付き合っていきたいですから。私たちはどうしたって感情に左右される生き物です。 もちろんビジネスである以上、どんなにハートを持っていても劣悪なものは起用できません。ですが、特に私の仕事の場合、雑誌にしろ書籍にしろ、クリエイティブには正解なんてありません。極端に言えば(誤解を招くかもしれませんが)"どっちでも成立はするもの"だらけの選択なのです。ひとつの見出しは、ゴシックがいいのか、明朝がいいのか。そのくらいならまだいいですが、まるで異なるものを比較しなければならないことがままあります。仮説はたてられますが、それが正解かどうかは結果が出てはじめて結論づけられる性質のものなのです。そういう状況では、やはり「人」と「想い」が大きくものをいいます。仕事上、映画をうなるほど観ていますが、「想い」の見える作品のほうが良い作品である可能性が高いです。 と同時にこれは信頼関係の問題でもあります。信用なくしてビジネスは成り立ちません。そしてその信用は、見城氏もおっしゃってましたが積み重ねとぶつかり合いの中で生まれてくるもの。どれだけ表面を取り繕って、礼儀正しくしていても、それだけでは信用など生まれえません。時には相手を否定することになっても、正面から向き合いぶつかり合えてはじめて本質的な信頼が生まれるんでしょう。 電話やメールなどコミュニケーションツールがありすぎる今の時代、そのさじ加減がますます難しくはなっていますが、face to faceこそがfaithの基本。テクノロジーが進化すればするほど、「気持ち」というものが少し前の時代よりも貴重なものになっているように感じます。そしてそんな「気持ち」をきちんと伝えられる、ということもビジネスマンにとって必要なことなんでしょう。自分にブレない軸を持ち、意見を正大に発言し説得力を持たせるためには、スキルもそうですが、相手に伝わるだけの熱意を持ってこそな気がします。熱は伝導するものですから。 なんだかすっかり精神論になってしまいましたね。ですがこれは、いちプレゼンレベルから、組織論やリーダー論にもつながる話であり、はっきりいってビジネスに限らず人生においてどうしようもなく重要なことだと思います。ビジネスを、人を動かすのはハート。これは絶対的真理です。 というわけで、一生アツイ想いを持って仕事をしていたいと思う今日この頃。次号は1/1リリース(って元旦からなに書けばいいんだ!? なんか年始に相応しいものを書かなくてはいけないんだよね、きっと。そこまで考えてなかったなー)。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2007-12-01 00:00
| 生業
![]() KASHIWA SATO 私のオフィスのデスクは、わりと整理されてます。これはキレイ好きとかそういうことではなく、仕事の能率をあげるためには必要だから。それ以上に、なにがどこにあるべきなのか。なにが必要でなにが不要なのか。このジャッジができるというこが重要だと思うのです。特に「捨てる」という行為はなかなか勇気が要りますが、その対象の価値をきちんと把握できていれば迷うこともなくなります。仕事をする上で優先順位をつけることは不可欠で、そのために必要なのが整理であり、そこに自分なりのルールを作ることが整理術なんでしょう。 机周りはあくまで身近な例えですが、何をするにあたっても、情報と問題を細分化し、そのひとつひとつを検証しなければ、ゴールまでの最良のフレームを構築することはできません。会議が遅々として進まなかったり、企画書や資料がまったく要点を得ていなかったり、仕事の進め方が非合理的だったり、ということはまま起こりますが、これは必要な情報がまったく整理されていないことが原因。整理されていないため、重要事項や優先順位が明確にならず、結果、そのものの役割を果たせなくなっているのです。 物事は常に複雑ですし、仕事はやっかいなことだらけ。でも、どんなに複雑な問題も、本質はいつだってシンプル、というのが私の持論です。シンプルな要素がいくつも組み合わさり、またいろんな事情が掛け合わさった結果、問題は複雑になってしまっています。それをシンプルな最小要素に戻すための、整理です。私の場合は、「で、結局どうしたいのか」ということを常に意識しています。ディテールやプロセスにばかり目が行くと、往々にして全体像がボヤけ、その行為がなんのためにあるものなのかを見失いがちです。そんな中で、「で、どうしたいのか」が私の整理の基準になっているんだと思います。なんだか矛盾してるようですが、全体を把握するために細分化し、でもそれだけにならないように俯瞰する視点は忘れない。その2つを並行して行うことが私にとっての整理なのです。 そう考えると、整理って生き方というか哲学のようなものが反映される気がしますね。物事の価値を判断し、そこに優先順位をつける。そのためのルールを作る。情報過多の時代だからこそ、それを整理する意識は絶対不可欠。整理ができているのといないのとでは、結果のクオリティには見違えるほどの差が生まれると、私は思います。よりよい結果を得るために、これからも自分なりの整理術を磨いていきたいと思います。 もうひとつ、「視点」に対して興味深い記述があったんですが、それについては別項で触れたいと思います。次号は12/1リリース。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 <11月8日追記> 読み返すといまいち論旨がはっきりしないのでもう少しお付き合いください。 つまるところ、常日頃から物事を「整理」しておくことで、自分自身円滑に作業できるばかりではなく、誰かにそれを伝えたり、新しいなにかを生み出すときに、非常に有効であるということ。机回りもそうだし、コンピュータのデスクトップやメールボックス、名刺の管理みたいな物理的なものから、人間関係や思考体系、さらには組織運営といった目に見えないもの(こっちのほうが重要)まで含めて。整理しておくことで、日々変わっていく状況にもスムーズに対応でき、結果、いい仕事ができるというわけです。 そして整理のためには、自分自身の価値基準をしっかりと持った上での整理術というものが必要となるわけで、それはなにも右から左へ機械的に処理するためのものではなく、全体を把握した上での視点を持つことが重要である、私はそう思うわけです。 中途半端なとこまでの論述で恐縮ですが。とりあえずこのあたりで。 ▲
by april_foop
| 2007-11-01 00:00
| 生業
![]() 編集者にとって最も大事な能力のひとつに「企画力」というものが考えられます。たとえば月刊誌なら、毎月毎月、企画を数本立てて、採用になればそこから誌面作りがスタートし、ひと月サイクルで延々とそれが繰り返されます。まあプロセスはさまざまでしょうが、企画を立てなくていい編集者というのはいないでしょう。 ルーキーの頃、これはかなり苦痛を伴う作業でした。企画を立てるからには当然「オモシロイもの」が求められますが、そうそうよい企画は降って来ません。経験も乏しく、なおかつ普段の業務に追われる中、いざ企画会議が数日後に迫って焦ってひねり出す、ということも少なくありませんでした。 企画やアイデアは、机上で頭をひねって生まれるものではありません。もちろん稀に豆電球が光るようにイメージがわくこともあるのでしょうが、私たちは芸術家ではないので、ただただインスピレーションが湧いてくるのを待つ、というわけにはいきません。となると方法はひとつです。日頃から恒常的に企画のことを考え続ける状態をデフォルト化し、アイデアの出やすい体質を養うのです。 経験則でしかないので科学的に証明することができませんが、個人の発想にはすべて因果関係が認められると思っています。なぜなら、知らないことを思いつくことはできないから。ひらめきは自分の体験からしか生まれません。ソースをたどれば、必ず過去の経験に辿り着くはずです。つまり「携帯電話で写真も撮れたらいいな」というアイデアが生まれたとして、カメラの存在を知らなければこの発想は生まれ得ない、ということです(もちろんリンゴの落下を見てそこに働く力に気づくような人も中にはいるのでしょうが少なくとも私にその能力はないと思います)。 そう考えると、アイデアのヒントは自分の体験、すなわち身の回りのすべてといえます。テレビの中から見つかるかもしれませんし、駅の中吊りかもしれませんし、友達の言動かもしれません。重要なことはそこにヒントがあるかもしれない、と意識すること。アンテナを常に立てておくこと。そして、そこにあるものにどんな意味・コンセプト・意図があるのかを想像し、自分につながるものを探ること。これだけでアイデアのストックは飛躍的に増えます。自分には関係がない、興味がないと遮断した時点で、ひらめきへのルートは閉ざされかねません。 「セレンディピティ」という言葉をちょくちょく耳にしますが、そのヒントもここにあると考えられます。偶発性がセレンディピティの一定義だと思いますが、その偶発性には上記の理由からある種の必然性が認められると考えます。もしくは前述の思考方法によって、セレンディピティの出現率を高めることが可能なのではないでしょうか(それが純粋なセレンディピティではないとしても)。 確実な方法論とはいえませんが、ボクは今こういう発想フレームを用いながら企画を生み出す努力をしています。PLANNINGは一日にして成らず。普段の意識を高めることで、使えるアイデアは確実に増えます。って、冒頭であげた書籍にまったく触れませんでしたね。今回お話しした内容が書いてあるわけではないのですが、それに近いようなエピソードも2、3見受けられました。が、論旨が浅かったのと、すでに自分では気付けている部分であったのであまり参考にはなっておりませんし、広くすすめられるものでもありません。興味のある方はご覧になってみてください(貸し出しも可能)。 思いのほか長くなりましたがとりあえず今日はこんなところで。次号は11/1リリース。バックナンバーは下記「EQ」タグよりどうぞ。 ▲
by april_foop
| 2007-10-01 00:00
| 生業
![]() Think!-東洋経済新報社 一般的にデザインというと、見栄え上のモノ的な意匠を浮かべるけど、ここでは、ビジネス全体において総合的に「設計する」「立案する」「進路を指し示す」という意味も含んだ包括的な意味でのデザイン。まあビジネスモデルの創設からメッセージ&フィロソフィーの伝達まで含めてデザインを意識した思考モデルを「デザイン思考」と名づけてるのだね。 これまでのデザインは完成されたプロダクト(またはサービス)の上に付加価値をつけるためのものでしかなかった。けど、これからは形のないもの、たとえばビジネスという分野にもデザインが求められてくるということ。そのものの価値を最大化しつつ、なおかつそのものとしてあるべきもっとも美しい姿にする、というのを至上命題にしたクリエイティブな発想とロジカルな検証の両立。これらをあわせてデザイン思考力である、とまあこういうわけですわ。もちろん有形のものであればなおさらね。 個人的にものすごく噛み砕くと、もはや美しくないものに価値はないということかな。もろもろが成熟しきって機能に差が生まれない現状では、そこに美意識が必要。合理性は前提にありつつ、人間らしい感性を刺激し、情緒的豊かさのあるものが求められる昨今、「デザイン」というキーワードは確かに欠かせないよね。話を大きくすれば、ビジネスをデザインすることはすなわち自分の生活をデザインすることであり、ひいては社会をデザインすること。価値の最大化と、本質的な美しさ。これらを追求する「デザイン思考力」は、すべての社会人に求められる資質だな、と思いました。ブランド力、コミュニケーション促進、イメージ伝達、その他あらゆるビジネスの現場とデザインは切り離せない関係だと思います。 かなりはしょってるので詳細は、本誌を見てみてよ。途中で一般論に流れたり、文章量が多すぎて同じことの繰り返しも目に付くけど、新しい発見もあるはず。バックナンバーにも興味をそそるものがいくつかあるから買っちゃおうかな(高いけど)。そして次号は「ビジネスプロフェッショナルの編集力」。これこそ今オレん中でもっとも熱いテーマです。 ということで、これを機にブログ内新連載「EQ」(※)をはじめます。とりあえずは月刊ペースの毎月1日リリース。今、オレがいち雑誌編集者として考える「編集力とビジネス」について。自身のキャリアデザインを意識しつつ、ビジネスのお勉強がてら考えてみます。見切り発車につき浅はかな記事が続くかもしれないけどよろしくお付き合いのほど、お願いしまするー。 ※EQ=Editorial intelligence Quotient=編集知能指数/もち造語。昔、EQという海外ミステリ雑誌(光文社)があったらしいけどまったく無関係ですw ▲
by april_foop
| 2007-09-01 00:00
| 生業
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